いろいろ自主制作の作家さんの話などをネットで読むと「最初はゲームのムービーに影響された」という若い人が案外多いことに気付く。
なんとなく自分の中での疑問が晴れた。
というのも学生時代にもゲーム業界にあこがれている人が結構いて。
個人的にはクリエイター業界のなかでは高収入だからだろうななんて思っていたが、どうやら違うのではないかと思えてきた。
ゲームが作ってきた映像の世界に純粋に憧れている人が相対的に多いのではないだろうかと・・・
実際にゲームをプレイすることで得られる身体性=体感できる世界観は思い出や思い入れを持ちやすく
さらにゲームクリエイターという職業はいかにその快感をユーザーに体感させるかを考える。
モニターに映し出される快感というのは映像という大きな分野でいえば共通している。
昨今の3D映画の流行も含め、批判的な意味ではなくいい意味でゲーム性=仮想の身体性を持った作品をが愛されているということなのかもしれない。
映像自体の文法や方法論ではなくユーザーと作り上げる映像の記号性の構築というのが今のトレンドなのかもなぁとふと思った。
簡単に言えば、ゲーム的な記号表現が、昔からある映像理論みたいなものを凌駕しつつあるのかもしれない。
映画愛好家というのはゆるやかに絶滅に向かっているような気もする。
特に僕もそうだが、いまだに映像詩とかヌーベルヴァーグの世界にあこがれている人間はそろそろオールドタイプの人間なのかもしれない。
昨今の映像作家の持つ、初々しい新鮮さみたいなもので、いつもそれが自分には足りないなぁとか思ってしまう。その正体が少しわかった気がする。
身体性の秀でたものが求められているという意味で(アニメでも動きという身体性が求められているのではないだろうか・・・・すごくつながっている気がする。アニメーター出身の演出家が増えてきていることとか。小難しいことを考えている文筆家タイプではなく)
これはこれでひとつの新しい流れなのかもなぁという。
古いものも消えないけど、あきらかに新しいものが浸透してきているというお話です。
ゲームといえば結構面白そうなゲームの映像。
世界観は抜群のセンス。ここにどういう身体性がはいってくるのかが気になる。
逆に映画的な手法(コンテというか演出的に?)と海外ならではの実験的な試みとセンス(ここでいうセンスは外国人が好んで使うアニメーション技法のこと。ロトスコとかフラッシュとか)が見事にはまっている作品。特にテクスチャー表現は目から鱗状態。ここまでうまい使い方はあんまり見たことがない。
The Thomas Beale Cipher from Andrew S Allen on Vimeo.
最後に最近聞いている音楽。
青葉市子
美しい声と旋律が素晴らしい!
よくよく聞くと結構痛々しい歌詞だったりするが
昨今のポエミーな文章をむりやりフォークソングにはめこむような強引さはなく(なんたらの神様みたいな;)優しい刺激と言う感じ。
この人の白鳥さんの名曲「遠いあこがれ」のカバーもいいですよ^^
結構邦楽は女性の優しい曲が多いです。
これはアニメ好きの人のなかでは人気のある新居昭乃さんのライブ
アニメの主題歌よりこういう曲のほうが僕は好きです。
なんか死んだ魚の目をした美しい女性がベランダ越しにうなだれているような感じ?(ほめてる?)
ではでは

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