2011年5月17日火曜日

久々に更新



※ただいま製作中のPVから何カットかキャプチャーしたものを載せさせていただきます。
しかしながら全カット色味調整、撮影の直しなどしているので色味は信用しないでください^^:


ちょっと間があいちゃいましたがお久しぶりです?
今日は久々にただいま製作中の自主制作「てくてく日和」について話せる範囲で話そうと思います。
五月末か六月頭にはなんとかPV第一弾を一般公開できそうです。
当初は30秒か1分の予定だったのですが、まったりとした世界観を少しでもお見せできるよう3分になりました出来上がっているカットから厳選してみなさまにもまったりとした?「てくてく感」を味わっていただけたらなぁと思います^^

しかしながらアニメーション作りは本当に難しい;
カメラの露光の具合、広角なのか標準なのか望遠なのか、動画のタイミングはどうするか?
カットのテンポは?などなどそういった技術演出から表情やしぐさといった内容の演出まで考えること
自分の技術や考え方が変わるほど、たくさん勉強すること、考えることが山積みです^^;

わりと制作当初はスタッフとのやり取りや打ち合わせなどが多く(衝突も^^;)やることが多くなかなか落ち着けなかったのですが、今は演出、監督業、そしてLOの細かいチェックをやる時間の割合が増えてきて非常に助かってます。
動画面でサポートしてくれている新スタッフのちょっと特殊な技術に色々とスケジュール的にも円滑化するという意味で助けられてます。
それだけではなく諦めず関わり続けてきたスタッフ達のおかげで本当に助かっています。
コミュニケーションとして非常に今はディープな打ち合わせをしております。

・最近思うこと
作り手にとって大きなテーマだと思いますが作家性(というとカッコいいですが自己満足性みたいなものかなぁ)と娯楽性という作品を人に見せる以上なくてはならない大事な要素について最近はいろいろ思うところがありました。
「自己満足的に作品に向き合わず、娯楽としても人に楽しめるように作るべき。」
そんな言葉を最近作り手の方からもよく聞こえてきます。
娯楽性というのはなんなんだろう?という疑問はつきないのですが
押井守監督が「映画は発明するものだ」とよくいっています。
その前後でいろいろとは言ってはいるのですが・・・・
僕の解釈ではもちろん娯楽性は大事しかしその娯楽性もまた作り手の世界観である以上、周りに転がっているものではなく「自分なりの世界における娯楽性」を見つけそして作らなければいけないのではないかと痛感しております。他の娯楽から借りてきたものでは、また意味が違ってきます。
作り手1人1人にとっての開かれた入り口としての娯楽性があるのではと最近は思います。
動き出したら止まれないですが、ふと俯瞰から自分を見つめなおすような時間も大事だと思います。
もう十分そんなことはしてばっかりですが;
当たり前なことですが娯楽、または開かれた作品というものも多種多様に分かれていて、決して1元的にそして2元論の対立構造では語れないということが大事なのかなと思ったりしています。

なにはともあれなんとか技術的にもそうですが、作品の内容をじっくり見せる世界観を紡ぎだせればと思います。

・そしてこれから

かねてより演出に興味があった付き合いの長い作画スタッフさんに新たに演出ポジションに就いてもらいました。この前もいろいろと話しました。
演出に興味があるとは言っても見え方がいろいろ違って面白いです。例えば仕草のツボひとつとっても抑えどころの視点が違うわけです。この違いを活かしたスタッフワークをさらに心がけていきたいと思います。
また話は飛びますが、ある種、実際にPVづくりの中で具体的なハードルが見えたのは非常に大きな成果だと思いました。ここからどうするのか演出的に考える余裕が少し出てきました。
やっと山の頂上がどこにあるのかわかった今、もう少し踏ん張り方を身に着けて邁進していきたいと思います。

まだまだこれからです;
そして最近バタついててあんまり連絡取れてない友人よすまん;

なんかあんまり内容のあるブログじゃないとは思いつつ
ここらで終わらせていただきます。